ＰＣツインノベル
＜湯煙旅情 〜旅は道連れ編〜（ＰＣツインノベル）＞
●休日前
「ぽっこりぽこぽこ。今日もヒョウタン……じゃない、アライアンス島は海を行く〜だね」
明日は休日。学園で講師をしている神代あかりはここ最近すっかり寂れているアライアンス島の港でたたずんでいる。
「こんな夕日とさざ波と……本当にティエラって異世界に来た実感が無いんだよねぇ……」
目を閉じて、夕日の柔らかい温もりと港に満ちる音に身を任せる。
引いては寄せる波の音、港に停泊する船が艀に擦れて軋む音と、決して寂れた港といっても静寂なわけではない。
毎日が少し変わっただけ、非日常の筈の生活が日常になって、毎日が過ぎて行くと異世界に来ているという実感が段々薄らいでゆく。
遙か沖合の水平線に沈む太陽を眺めていると、ここが異世界だという現実が信じられなくなってくる。
「うわぁ！ 綺麗な夕日ですね、あかりさん！」
「優君？」
声をかけられて振り向けば、学園初等部に在籍する深山優があかりに並んでニコニコと笑っている。
「今帰り？ 明日はお休みだから、何処かに遊びに行く約束でもしてきたの？」
楽しそうな優に、ここに来る前の休日前のウキウキした自身を重ねて訪ねると、優は首を振って約束はないんですと答えた。
「だから、明日は一日寮でみんなと遊ぶつもりです」
みんなといいながら、背中の仔猫たちを見る優に、あかりは明日の暇な自分と、今までに学園講師から聞いていた『とある場所』の噂を思い出していた。
「ねぇ、優君。明日何も予定がないなら、僕につきあわない？」
「え？ あかりさんにですか？ 何でしょう？」
天真爛漫な笑顔を向ける優に、あかりは聞きかじっていたアライアンス島の噂……人の噂にしか上らない温泉の噂話があるのだ。
「今日準備して、明日の朝一番に出かけましょう。お昼には到着すると思うからね。良いところだよ」
「え？ あかりさん楽しそうですね。僕もご一緒します！」
ウインクしてみせるあかりに笑顔で答える優だった。
●ピクニック日和
翌日。
二人はリュックを背にアライアンスの森に分け入った。
途中、いろいろな出来事が彼らを待ち受けていた。
『アライアンスは潮の薫事件』
『ヤマヒルがアソコに！ 何処見てるんだ優君？！ 事件』
『麗しの山賊娘！ 事件』
『島内縦断ウルトラクイズ？ 事件』
『盗賊は馬鹿の集団？！ 事件』
『悪のヴィジョンコーラー裸踊り！ 事件』
『黒衣の花婿！ 事件』
『学園の裏にアイラ校長の秘密を見た？！ 事件』
『天狗団参上！ ３枚お面は死の恐怖？！ 事件』
等々、語り出せば夜なべで一週間は掛かるだろうという事件がほんの半日の中で凝縮されて二人に襲いかかってきた。
中には、自分達から起こした騒動という物も有るには有るのだが………。
「数々の難事件を乗り越えて、今、やっとここにたどり着いたのよね！」
どうやら事の発端までは追求しない性格のようだ。
「あかりさん。目薬が下に落ちてましたよ、ハイ」
感激の涙を流すあかりの横で、地面から目薬を拾ってすかさずつっこんでしまう優。
「あ、ありがと……」
もちろん、優のは天然。
落とし主に渡せて良かったと、喜び一杯の優の背中には、ニャゴニャゴと主と同じように笑っているネコ二匹。彼ら一人と二匹の笑顔が眩しく感じるあかり。
「僕、もしかして……汚れちゃってる？」
何となく、過剰演出気味の目薬を握りしめながら独白するあかり。でも、そんな悩みは目的地にたどり着いた事に比べれば砂漠の砂粒、夜空の星一つ。
かすれて、埋もれて見えなくなるものだ。
湯面から立ち上る白色の湯気、微かに山間を吹き抜ける風で揺れて見える湯気が、あかり達の頬をなでて消えて行く。
滾々と、いずことも無く湧き出る湯が満ちるのは、岩と石と砂利の天然の湯殿。
島の中央、樹木をかき分けて進んだ中の見晴らしのよい場所で、疲れた身体にむち打ってやってきたあかりと優を優しく迎えてくれたのだ。
「さて、この伝説秘湯イーユ・ダナン！ どんな入り心地なのか、確かめる時が来たのね」
周囲には人影は無し。
うきうきと、心弾ませながら良い枝振りの木に上着を掛けると、鼻歌混じりでシャツに手をかけるあかり。
「あ、あ、あの………！！」
ジタバタジタ。
ぶんぶんと、手を振って慌てふためく優の言葉も続かない。
「ん？ どうしたの、優君？ 君も早く脱いでお風呂に浸かろうね。汗だくでしょ？」
そういう問題ではないのだが、あかりもとんと優が『男性』であることを忘れている。
「ぼ、僕あっちに行ってます！」
真っ赤になって走り去る優を見送って、見下ろした自分の姿にポンと手を打つあかり。
シャツの前がはだけて、服の上からでは判らない程の豊かな膨らみ――これはあかり自身の考えと言うだけでも無い――がブラ越しにとは言え、思春期の少年には目に毒だったのに違いない。
「そういえば、優君って男の子だっけ。う〜ん、忘れてた、忘れてた」
本当に、今初めて思い出してクスクスと笑い出す。もしも優が聞いていたら泣き出しかねない一言だが、あかりの認識は学園の人々の過半数の共通理解を得られるものだったりする。
「どおりで、旅に出る前の準備で安く買えた訳だわ……妹連れに見えてたのよね、きっと……」
念のため、商店街の人が彼を女の子だと勘違いして割引してくれたのだろうという事は優には黙っておこうとあかりは決めた。
ドラゴン騒動で物価の急沸が起きている今、少しでも割安の買い物の条件を潰すことはないだろう。例えそれが勘違いでも、ばれた時に優がどれほど動揺しようか、容易に想像の付くことでも……。
「流石に、価格が２倍っていうのは厳しいから……」
実際、優に着せている服も女性物だったりする。
まだまだ第二次性徴を見せるとはいっても、体型が極端に男性化しているわけではない。優個人で言えば、どちらかというと……。
「女の子よねぇ……」
あかりが先に入っていることで緊張して、脚から入る時もタオルで全身を隠しての優。
「こらこら優君。湯船にタオルを付けちゃ駄目だよ」
「は、はい！」
恥ずかしいから隠していたのに、あかりの声で慌ててタオルを外そうとする。慌ててもなかなか外れてくれないタオルに、余計に頭の中が熱くなってしまう。
「えーっと、ここをこう折って入れたはずで……ここを外せば良かったんだよね？ あれ？ 外れない？！」
「あのー優君？」
「ご、ごめんなさいぃ〜！」
あかりは責めているわけではないのだが、言葉がにおわせる機微を感じ取れる程に優は落ち着いても居なければ、大人でもなかった。
「えーっと、えーっと、どうしたら良いんだろう？ えーっと、えーっと……ねぇ？」
「にゃ〜にゃ〜にゃ〜」
「にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜」
優に尋ねられて返事を返す二匹は、何だかご主人様がお困りの様子で優の混乱ぶりが感染したように右往左往。
「あぁ〜もぅ。はいはい、ちょっと落ち着きなさい。優君はもう少し落ち着いた方が良いんだよ」
仕様が無いわねぇと、近寄って結び目になってしまっているタオルの端を解いてやる。
「ほら、出来た」
「え、あ、あの、その……ありがとう……ござい……ます……」
顔だけでなく、全身紅色に染め上げる優。
「ん？ どうしたの優君？」
あっけらかんとしているあかりに対して、優の取り乱し様は普通じゃない。
「にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜！！」
「にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜！！」
ピョコタンピョコタン。尻尾を膨らませてジタバタと湯殿の端で騒ぎ立てる二匹。彼らの方が遙かに優より慌てている。
「にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜！！（ご主人様の大ピンチ！）」
「にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜！！（ご主人様の貞操がピンチですぅ！！）」
ネコ語をあかりや優が判るなら、きっと今の混乱は倍増していただろう。
６歳年下の少年の腰のタオルに手をかける大学生。
しかも場所は木々に囲まれた人跡未踏の地。周囲に他の人は誰も……猫二匹以外いない。
そのうえ、あかりはここまでの長旅で乱れた髪が湯にしとどに濡れて微妙な曲線を描いている。
運動したことと、若干熱めの湯のせいで、白い肌がほんのりと桜色に染まっている。若干白濁の湯船に浸かっているとは言っても、透けて見える湯の向こうにあかりの肢体が浮かび上がっている。
「えっえっえ〜！！」
優は今まで嗅いだことのない、甘くて柔らかい薫りに頭の奥まで真っ赤に染まるような興奮に包まれている。
何だろう、何だろう？ よくわかんないけど、何だろう？
「にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜！！（ご主人様が大ピンチ！）」
「にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜！！（ご主人様があかりに襲われるぅ！！）」
優の混乱は猫たちの混乱。
猫たちの混乱は……残念ながら二人には届いていない。
「どうしたの、この子達？」
優の混乱ぶりも見事だが、それ以上に猫達の視線が痛く感じるあかり。
「うーん、僕、何か悪い事してるのかな？」
「にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜！！（あっちいけ！ ご主人様から離れろぉ！！）」
「にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜！！（ご主人様を虐めたら駄目なのぉ！！）」
「うーん。何が言いたいんだろう、この子達？」
好奇心が勝って猫達の様子をよく見ようと身を動かせば、自然と湯殿の端とあかりの間にいる優に身を寄せるようになる。
「にゃにゃ〜〜〜（駄目ぇ〜〜！！）」
「にゃにゃにゃ〜〜〜（離れろぉ！！）」
尻尾の先まで膨れ上がって抗議する猫達の声も虚しく、優は目の前の『女性』が知らず知らずの内に漂わせている薫りに翻弄されている。
「あの、その、あかりさん？ 僕……あの……その……？」
心臓が頭の中で脈打っている様な、早鐘の鳴り響く如く音を自分でも止められずに混乱する優。
「よく判らないなぁ。ね、優君、この子達何を言ってるか、判る？」
「へ？ はの！ その！」
足の先から髪の毛の先まで真っ赤になっている優を見て、流石にあかりも事の次第に気が付いた……
「大変！ 優君のぼせてるじゃない！」
訳でもないらしい。
猫達が騒ぎ立てる中を、優を抱えるようにして湯の縁まで連れ出すと、岩の上に座らせる。
「優君、のぼせたみたいだから少し身体を冷やして。あ、でも風邪引いちゃ駄目だから、暖まるんだよ？」
「え？ うん、あの、あれ？ のぼせたんだ？ 僕……」
誤解のまま納得しているあかりと、あかりの言葉をそのままに受けて信じ込む優。
普通の男女ならこのような状況は恋色、恋愛の薫りに彩られてしまうのだが、天然揃いのあかりと優。
仔猫たちの方が心配して、未だにニャーニャーと小姑じみた叫びを上げている。
「本当に、もう……優君は体が弱いんだね」
くすっと笑って湯船に身を浸しているあかり。
温泉の効能は美肌・腰痛・リウマチ・内臓疾患・肩こり・歯痛・生理不順と、何でもござれ。特に、あかりの期待しているのは『美しい人はより美しく、それなりの人はそれなりに』と言う効能だ。
「僕だって『それなりに』……って言うよりは人並み以上だって思うんだけどな……」
内心では自己欺瞞かも知れないなと思いながらも、やっぱり女の子。美しくありたいし、可愛くありたい。いつだって……そう、いつか見つかる大切な誰かのために。
「でも、あの子達ってば……ずっとこっちばかり睨んでるけれど……何かあるのかしら？」
仔猫二匹がじっと見つめる視線の先をあかりが追うと、自分を越えて温泉の対岸に……。
「うん？」
ガサガサと、揺れ動く茂みの影に光る物二つ。
「誰ッツ！」
野獣の瞳のような輝きに、あかりは咄嗟に臨戦態勢を取る。タオルを身体に巻き付け、聖獣カードを構えて茂みを睨み付ける。
「何処の誰かは知らないけれど！ 出てきなさい！」
何処かで見たようなシチュエーションだなぁと、優を庇いながら考えるあかり。
「はぐぅぅぅ！」
奇妙な叫びを上げながら、茂みから男達がわらわらと湧いて出た。
「このっ！ 怪人ども！」
自分で言って気が付いた。
主人公とヒロインを襲う怪人達が建物の影から突然現れるシーンだ。
この場合、主人公が自分でヒロインが……。
ドラマと現実のギャップにちょっぴり悲しくなって、あかりは高々と掲げた聖獣カードに念を込めながら叫ぶ。
「ゆけ！ 雷鳴の如く敵を切り裂け！ 電光石火ボイジャー！」
あかりのコマンドワードにより、聖獣カードよりドラゴンのヴィジョン、ボイジャーが現出する。
その時間、僅かに０．１ミリ秒である。
Ｇｕａａａａａａａａａａａａａａｗｏｗ！
吼えるドラゴンが疾駆する。先ずは一人、ボイジャーの腕に捕まれて吹き飛ばされるが、残った一人が竜の手をかいくぐってあかり達に迫る。
「このぉ！ 正義の鉄拳を受けて見ろ！」
正義の味方の常識、いきなり現れた奴には問答無用の正義の拳がヒットする。
「続いて！ 平和主義クラーーーッシュ！」
相手の頭を片手で抱えて、温泉を走って縁に頭を叩き付ける。岩から少しだけずれて、大地に打ち付けるのはあかりの若干の優しさかも知れない。
正式名称、フェイスクラッシャー。
地味に見えて、女子プロレスの基本にして必殺の技の一つだ。
相手にかけた技で自分も湯船の中に倒れ込んでいたあかりが身を起こすと、精神集中が途切れて動きが鈍っていたボイジャーに集中しなおした。
「ありがとう、そちらは片が付いたようね！」
ぐっと、親指を立ててボイジャーに合図のあかり。彼女に答えてボイジャーも不器用ながら指を立てて返してみせる。
「優君、もう大丈夫よ。怖かったでしょ……って、大丈夫、優君！？」
「うぅぅぅぅぅ〜〜」
目を回して倒れている優。彼の上には謎の男の半身が、あかりによって叩き付けられていたのだった。
「にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜！！（ご主人様！？ ご主人様大丈夫！？）」
「にゃ〜にゃ〜にゃ〜にゃ〜！！（また虐められたの？ またあの女に虐められたのぉ？！）」
優の頭の上で騒ぎ立てる二匹に、あかりは優しく微笑んで声をかける。
「ありがとう、あなた達。あなた達のおかげで被害は最小限にとどめられたわ」
「にゃ〜にゃ〜！（何言ってるの！）」
「にゃ〜にゃ〜にゃ〜！！（一番の加害者じゃないのぉ！！）」
とりあえず、猫の言葉はあかりにとって馬耳東風、右から左である。
「それにしても、あなた達。何故こんな暴挙を働くんだ？ 僕たちでなかったら、とっくの昔に叩きのめされて警備隊に叩き出されてるんだよ？」
手早く服を着込んで、珍入者達を見下ろしながら腰に手のあかり。すっかりお説教モードでいると、男達はスタークエイクに会いに出かけて遭難した一行だと言う。
「食べ物にも困っていました。あなた達なら何か食べ物を持っていると思いました……」
「俺達、気付けの酒しか持って無くて、このまま餓死するのかと思ってました……」
ようやく自分を取り戻したのか、男達の語る話に困惑のあかり。
「ねぇ、あかりさん。僕たちのお弁当、分けてあげよう？」
見上げる様にあかりの瞳を覗き込む優。真っ直ぐな、輝くその黒い瞳に見られると、あかりも文句が言えなくなる。
「判ったよ、僕だって鬼じゃないんだからね。お弁当位分けて上げられるよ」
独りぼっちに置き去りにされた子犬のような優の瞳に、やれやれと言いたげな苦笑を浮かべてあかりはリュックから荷物を取り出した。
「ほら、あんまり沢山じゃないけど、食べて」
差し出された弁当に、勢い込んで飛びついてくる男達。
「美味い！ 美味いです！」
「はいはい、食べるのと喋るの、どちらかにするんだね」
「はい、飲み物です」
カップを皆に配ってゆく優。
「ありがとう。喉が渇いていたところなの」
一気に液体を流し込むあかり。
「……あれ？ そういえば飲み物って、何を……」
「おじさん達の持っていた飲み物だよ。飲んで下さいって、おじさん達が言ってたでしょ？」
「ふぅん………あれ？ 優君、これって………」
お酒じゃないかな？
そう尋ねようとして、暗転するあかりの視界。
それからの記憶が、あかりには無い。
●落日
「……さん！ ……かりさん！ あかりさん！」
「え？ あれ、優君？」
はっと、我に返るあかり。
優の頬が少年の色のまま茜色の夕焼けに照らされて、色にあかりの瞳に飛び込んでくる。
「あれ？ ここは……」
「どうしたんです？ 明日が休日だから、お休みのスケジュールを考えていたんですか？」
頭を振るあかりに笑顔で尋ねる優。
「明日が休日？ あれ？ それじゃ、あの温泉は……」
「温泉ですか？ キニ諸島に有るって聞きますよね、でも行くのは遠いからなぁ……」
簡単には行けませんよねと、笑う優の笑顔は幻の温泉で見た筈の困り顔に重なっている。
「そうだ、優君。明日なんだけど………」
休日のスケジュールを優に確認するあかりだった。
【ＥＮＤ】
※ この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドＣＯＭで作成されたものです。